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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)16号 判決 1983年2月16日

原告 橋川寅之助

被告 東京都

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が別紙物件目録記載の土地についてした収用裁決申請に対し東京都収用委員会が昭和五二年一一月二一日付けでした裁決のうち原告に対する損失補償額を金六三〇一万八九九三円に変更する。

2  被告は原告に対し、金一九五六万三六九三円及びこれに対する昭和五三年一月二〇日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項についての仮執行宣言

二  被告

1  主文同旨

2  仮執行宣言がなされる場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、山崎新三郎外五八名共有の東京都新宿区西新宿六丁目八四番一宅地三五四・九〇平方メートル(公簿上。実測は三二六・二〇平方メートル)のうち八六・二二平方メートル(以下「原告賃借地」という。)を賃借していた。

2  被告は、昭和三五年六月一五日付けで都市計画事業決定の告示がされた東京都市計画道路事業新宿副都心街路第一五号線(以下「本件路線」という。)を築造することとし、原告賃借地の一部を本件路線の用地として取得するため、昭和四七年七月ころから右土地所有者及び関係人である原告と折衝を重ねたが、協議が成立しなかつた。

そこで、被告は、昭和五二年一月一四日付けで東京都収用委員会に対し、土地収用法(以下「法」という。)三九条一項の規定により土地収用の裁決申請をし、同委員会は、同年一一月二一日付けで次のとおりの裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

(一) 収用する土地の区域

別紙物件目録記載の土地(1記載の土地から原告賃借地のうちの収用対象地として昭和五二年六月二〇日分筆された土地。以下「本件土地」という。)

(二) 損失の補償

(1) 土地所有者山崎新三郎外五八名に対し

土地に対する損失の補償   合計金一四〇九万九四三〇円

(2) 関係人原告に対し

借地権消滅に対する補償     金四二二九万八二一九円

残借地権補償          金 一一五万七〇八一円

計   金四三四五万五三〇〇円

(三) 権利取得の時期

昭和五三年一月二〇日

3  しかしながら、原告に対する損失補償額は、次に述べるとおり金六三〇一万八九九三円が相当である。

(一) 借地権消滅に対する補償

価格固定の時点である昭和五一年一月一七日における本件土地の適正収用価格(更地価格)は一平方メートル当たり一〇〇万円が相当であり、借地権割合(更地価格に対する借地権価格の割合)は八〇パーセントが相当であるから、原告の借地権消滅に対する補償は、金四四五八万四〇〇〇円が相当である。

(1) (本件土地の状況)

本件土地は、間口(東西)約六・一八メートル、奥行が東側で約八・八一メートル、西側で約八・八六メートルの矩形地であつて、その北側が拡幅前の幅員約二〇メートル(拡幅後の幅員三二メートル)の青梅街道(放射二四号線)に接面し、国鉄新宿駅の西北方(直線)約一二〇〇メートルに位置し、付近は店舗を主とし、都市計画上の商業地域、容積率七〇〇パーセント地区、防火地域に属している。

(2) (借地権の内容)

原告賃借地についての原告と土地所有者との間の借地(賃貸借)契約の内容は、次のとおりである。

(イ) 昭和八年ころ契約成立、その後昭和二一年一一月一日付けで契約書作成

(ロ) 普通建物所有目的

(ハ) 賃貸借期間の定めなし

(ニ) 権利金及び更新料の支払なし

(ホ) 地代(月額、三・三平方メートル当たり)

昭和四八年六月から昭和五〇年六月まで 四五〇円

昭和五〇年七月から昭和五一年六月まで 五〇〇円

昭和五一年七月から          五三〇円

(3) (更地価格)

法七一条によれば、借地権の補償額の算定に当たつては近傍類地の取引価格等を考慮して算定した相当な価格、すなわち交換価格、市場価格によるべきである。そして、本件土地の近傍類地の取引事例によると、本件土地の交換価格は一平方メートル当たり一〇〇万円と評価するのが相当であるから、これをもつて本件土地の更地価格とすべきである。

すなわち、本件土地の西方約二〇メートルに位置し、本件土地と立地条件を同じくする東京都新宿区西新宿六丁目八五番四宅地三五・九四平方メートルの土地が、昭和五二年三月、譲渡人フクモト土地建物株式会社、譲受人恵南商事株式会社の間において三・三平方メートル当たり三七〇万円で売買された。右取引事例は、市場価格についての知識が充分な不動産取引業者間の取引であり、また、自己使用のためのビル建設目的による買取りであつて投機目的ではないことなどを考えると、本件土地の近傍類地の取引価格としては右取引事例の価格を採用するのが相当である。そして、付近の不動産取引業者である右譲受人によれば、右土地の昭和五一年一月ころの三・三平方メートル当たりの価格は三三〇万円であつたというから、これにより本件土地の交換価格は一平方メートル当たり一〇〇万円と認むべきである。

(4) (更地価格の予備的主張)

仮に、右取引事例の価格が三・三平方メートル当たり三一六万一八八〇円、すなわち一平方メートル当たり九五万八一四五円であつたとしても、本件土地は右取引事例地から新宿駅寄りに三軒目の土地であり、新宿駅に近いほど土地の価格は高くなるから、本件土地の価格は、右取引事例の価格より当然高いといわざるをえず、一平方メートル当たり一〇〇万円が妥当であり、少なくとも一平方メートル当たり九八万四〇一四円以上であることは明白である。

(5) (借地権割合)

一定の地域には一定の借地権割合が存在するのが通常であり、特定の土地の借地権割合はそれによつて定まり、当該借地契約の内容によつて増減しない。

そして、本件土地付近の借地権取引事例(東京都新宿区西新宿七丁目一一八番七、八宅地三九六・六九平方メートル、昭和五〇年八月借地権売買、普通建物所有目的、売買価格が借地価格の八〇パーセント)から比準すると、本件土地付近の借地権割合は八〇パーセントと判断される(借地権割合は地価が高くなるに従つて大となる傾向を有するところ、本件土地付近の地価は右事例地のそれより高いから、八〇パーセントを下回ることはない。)。また、本件路線用地買収における借地権買収事例(別表記載のAないしHの八件)から比準すると、右事例地はいずれも本件土地の西方に位置するところ、本件土地付近における土地の価格は西方に行くに従つて低額となるから、借地権割合と地価の関連性から考えて、本件土地の借地権割合は、右事例中AないしE及びH以下となることはありえず、八〇パーセントと判断される。更に、東京都内の借地権割合の標準が普通商業地では八〇パーセントであることは、不動産専門家の間では公知の事実であり、昭和五一年「相続税財産評価基準」路線価表によれば本件土地の借地権割合は八〇パーセントと表示されている。

したがつて、本件土地の近傍類地の借地権割合は八〇パーセントと認められる。

(二) 残借地権補償

(1) (残地の状況)

原告賃借地から収用の対象とされた本件土地を除いた土地三〇・四九平方メートル(以下「本件残地」という。)は、間口(東西)約六・四四メートル、奥行が東側で約四・五三メートル、西側で約四・八三メートルの矩形地であつて、その余の土地の状況は、前記(一)の(1)のとおりである。

(2) (土地の効用の減少)

本件残地は等しく狭あいな土地であり、同地上に建物を建築する場合、エレベーター室を設けることは不可能であるから、五階建が限度となり(しかも、四、五階は自己居宅用以外には使用しえない。)、容積率(七〇〇パーセント)から考えて土地の効用は七分の五となるとみるのが相当である。

したがつて、本件残地上の借地権の土地の効用の減少による減価額は、次のとおり計算される。

1,000,000円/m2×0,8×30,49m2×(7-5)/7 = 6,969,142円

(3) (借地条件変更料)

前記五階建建物を建築する場合、堅固建物でなければならないところ、従前の借地契約においては普通建物所有目的となつているので、借地条件の変更をしなければならないが、借地法八条ノ二に基づいて裁判所による代諾の許可を得るとしても、財産上の給付として更地価格の一五パーセントに相当する金銭の支払を要する。

したがつて、本件残地上の借地権の借地条件の変更に伴う財産上の給付金額は、次の通り計算される。

1,000,000円/m2×30,49m2×0,15 = 4,573,500円

(4) 以上の次第で、本件残地上の借地権の減価額は、(2)及び(3)の合計額金一一五四万二六四二円となる。

(三) 以上の昭和五一年一月一七日における借地権消滅に対する補償金四四五八万四〇〇〇円及び残借地権補償金一一五四万二六四二円に昭和五二年一一月二一日までの修正率一・一二二八を乗じた額の合計額金六三〇一万八九九三円が原告に対する相当な損失補償額である。

4  よつて、原告は、本件裁決のうち原告に対する損失補償額を金六三〇一万八九九三円に変更することを求めるとともに、被告に対し、右金六三〇一万八九九三円から本件裁決額四三四五万五三〇〇円を差し引いた金一九五六万三六九三円及びこれに対する昭和五三年一月二〇日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。

2  請求原因3の(一)の(1)の事実は認める。同(2)のうち、昭和二一年一一月一日付けで契約書作成との点、賃貸借期間の定めなしとの点、権利金の支払なしとの点はいずれも不知、その余の事実は認める。同(3)のうち、原告主張の譲渡人、譲受人の間で土地の売買がされた事実は認めるが、売買年月日は昭和五二年二月二八日、価格は三・三平方メートル当たり三一六万一八八〇円、対象地は原告主張の土地に東京都新宿区西新宿六丁目七八番三〇宅地三・二六平方メートルを併せた三九・二〇平方メートルの土地である。同(3)のその余の事実は不知、その主張は争う。同(4)の主張は争う。同(5)のうち、借地権取引事例に関する事実、東京都内の借地権割合の標準が普通商業地は八〇パーセントであることは不知、借地権買収事例に関する事実、本件土地の相続税財産評価上の借地権割合が八〇パーセントとされていることは認めるが、その主張は争う。

同(二)の(1)の事実は認めるが、(2)ないし(4)の主張は争う。

同(三)のうち、本件に適用すべき修正率が一・一二二八であることは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  借地権消滅に対する補償について

(一) 被告は、価格固定の時点である昭和五一年一月一七日における本件土地の価格については、東京都新宿区西新宿六丁目八四番三の土地を標準地として選定し、右土地の価格を鑑定結果、公示価格、付近地の取引事例等を基に一平方メートル当たり八八万六九〇〇円と算出し、標準地比準評価法により一平方メートル当たり八九万四八〇〇円と見積り、借地権割合については、本件路線用地買収において土地所有者及び借地権者の協議により成立した東京都新宿区西新宿六丁目地区内の配分事例(別表記載のAないしJの一〇件)について検討を加え、更に、七〇パーセントをもつて商業地について広範に妥当する正常な借地権割合とする共通の認識が相当程度存在することなどを考慮して、七五パーセントをもつて相当と判断し、原告の借地権消滅に対する補償額について金三七四〇万〇四〇三円と見積つて裁決申請をした。

(二) これに対し、東京都収用委員会は、現地に調査し、鑑定結果、公示価格、付近地の取引事例等を総合的に考慮し、昭和五一年一月一七日における本件土地の価格は一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円、借地権割合は七五パーセントを相当とし、更に、昭和五二年一一月二一日までの修正率一・一二二八を適用して、原告の借地権消滅に対する補償額を金四二二九万八二一九円として本件裁決をした。

(三) 以上のように、本件裁決に係る借地権消滅に対する補償額は、被告の申請した適正な損失補償額を上回るものであつて相当である。

2  残借地権補償について

(一) 被告は、裁決申請に際し、残借地権補償を見積らなかつたが、原告に対して残借地権補償を要しないことは後記3に述べるとおりである。

(二) これに対し、東京都収用委員会は、現地に調査し検討した結果、本件残地の立地条件、面積等から同地上の借地権につき利用価値の減少が認められ、その価値減は五パーセントであると判断し、更に、前記修正率を適用して、原告に対する残借地権補償額を金一一五万七〇八一円として本件裁決をした。

(三) 原告に対しては残借地権補償を要しないが、仮に要するとすれば、本件裁決に係る残借地権補償額は相当なものである。

3  残借地権補償を要しない理由

(一) 被告は、残地の面積、形状、地域の実情等から総合的に判断し、価格の低下、利用価値の減少が生じた場合に残地補償を行うものとし、商業地域にあつては、残地の面積が三三平方メートル未満となるかどうかを残地補償の要否の一応の目安としている。ところで、原告は、本件残地の後背部に位置し、面積がわずか三・三八平方メートルにすぎず、公道に接しない不整形地で、本件残地と一体利用する以外に独立した利用価値を全く有しない水路敷であつた土地を、東京都新宿区から払下げを受けて所有しているが、このような場合には、本件残地と右原告の所有地を一体とみて残借地権補償の要否を判断すべきであり、そうすると、残地の面積は三三・八七平方メートルとなり過小とはいえない。しかも、本件残地は整形であり、付近は中小規模の画地が混在する中高層商業地域であり、建ぺい率一〇〇パーセント、容積率七〇〇パーセントであり近隣地域の小画地の取引実態から考察するに画地規模(地積)の大小によつて土地の取引価格の低下はうかがえない地域であることなどを考慮すると、本件残地は、客観的に十分利用価値があり、同地上の借地権の価格の低下、利用価値の減少は生じていない。

(二)(1) 原告は、昭和五四年一二月五日本件残地を含む東京都新宿区西新宿六丁目八四番一宅地一一七・九九平方メートル(実測。公簿上は一四六・六七平方メートル)の共有持分一八〇〇分の四五〇(実質は本件残地の所有権)を代金七四六万〇七九三円で買い受けているが、右代金額は東京都収用委員会が本件裁決において認定した本件土地の価格に基づいて算定されている。

(2) このように、原告は本件残地を東京都収用委員会が認定した相当な価格で買い受けているのであるから、本件残地に価格の低下は生じていない。また、残地の利用価値の減少は残地価格の低下と区別して考えられないから、本件残地について利用価値の減少があつたということもできない。

4  請求原因3の(二)の(3)に対する反論

被告は、土地収用に際し借地権者に対して、収用対象地に係る借地権価格相当分を借地権消滅補償金として、また、残借地権について価格の低下が生じる場合には、その低下分を残借地権補償金として、それぞれ補償することとしており、借地権者は、これらの合計額に別途残借地権を市場で譲渡した代金を加えた金額をもつて従前の借地と等価値の借地を市場において新たに取得しうるのであつて、しいて借地条件変更料を支払つて残借地において生活を再建する必要はないのであるから、普通建物所有を目的とする本件残地上の借地権について堅固建物所有を目的とする借地権の移行に要する費用を補償することとすれば、客観的に生じた損失を上回る過大な補償を行うこととなり、公平の原則に反することとなる。

したがつて、残借地権補償に借地条件変更料を含めるべきであるとする原告の主張は失当である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)のうち、被告が本件土地の価格を一平方メートル当たり八九万四八〇〇円と見積つたこと、借地権割合を七五パーセントとしたこと、原告の借地権消滅に対する補償額を金三七四〇万〇四〇三円と見積つて裁決申請をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

同(二)のうち、東京都収用委員会が本件土地の価格について一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円を相当としたこと、借地権割合について七五パーセントを相当としたこと、昭和五二年一一月二一日までの修正率一・一二二八を適用して原告の借地権消滅に対する補償額を金四二二九万八二一九円として本件裁決をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

同(三)の主張は争う。

2  被告の主張2のうち、被告が裁決申請に際し残借地権補償を見積らなかつたこと及び(二)の事実は認めるが、(三)の主張は争う。

3  被告の主張3の(一)のうち、原告が本件残地の後背部に位置する土地を所有していること、本件残地が整形であり、付近は中高層商業地域であり、建ぺい率一〇〇パーセント、容積率七〇〇パーセントであることは認めるが、被告が商業地域にあつては残地の面積が三三平方メートル未満となるかどうかを残地補償の要否の一応の目安としていることは不知、その主張は争う。

同(二)の(1)の事実は認めるが、(2)の主張は争う。

4  被告の主張4は争う。

五  被告の主張3の(二)に対する原告の反論

原告は、本件土地上の原告所有の建物を収用で取り壊されたため、本件残地上の建物の残余部分を生かしながら建物として利用できるようにしようと考えて大修繕に着手したところ、土地所有者から無断増改築であるとして借地契約解除の通知を受けた。原告は、土地所有者との間で借地契約の存続を前提とする円満な解決を望んだが、土地所有者は共有関係で問題がある本件残地(底地)を原告が買い取るように主張し、それ以外に円満な解決をみることはできない状態であつたため、原告は、本件残地の利用を継続するためにやむをえず土地所有者において主張した東京都収用委員会認定の価格で本件残地を買い取らざるをえなかつたものである。したがつて、原告の右買取りの事実をもつて右価格が相当であるということはできない。

また、右買取りが行われたのは、本件土地の補償時点よりも相当あとの昭和五四年一二月であり、近隣土地の値上がりが当然見込まれるのであるから、右価格で買取りが行われたということは、本件土地が実際の取引でその狭あいの故に近隣土地よりも価格の低い土地と見られていることの証左であり、この点からも残地補償が必要といえる。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告に対して補償されるべき相当な損失補償額が本件裁決に係る損失補償額を上回るかどうかについて判断する。

1  借地権消滅に対する補償について

(一)  請求原因3の(一)の(1)の事実、原告賃借地についての原告と土地所有者との間の借地(賃貸借)契約の内容について、昭和八年ころ契約が成立したこと、普通建物の所有目的であること、更新料の支払がないこと、地代(月額、三・三平方メートル当たり)が昭和四八年六月から昭和五〇年六月まで四五〇円、同年七月から昭和五一年六月まで五〇〇円、同年七月から五三〇円であること、東京都収用委員会は、価格固定の時点である昭和五一年一月一七日における本件土地の更地価格について、被告が裁決申請に際し一平方メートル当たり八九万四八〇〇円と見積つたのに対し、一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円を相当とし、借地権割合について、七五パーセントを相当とし(被告の判断も同じ。)、更に、昭和五二年一一月二一日までの修正率一・一二二八を適用して、原告の借地権消滅に対する補償額を金四二二九万八二一九円として本件裁決をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。また、成立に争いのない甲第七、第八号証の各三、証人鐘ケ江晴夫の証言により成立の真正が認められる甲第一号証によれば、右借地契約の内容について、更に、昭和二一年一一月一日付けで契約書が作成されたこと、賃貸借期間の定めがないこと、権利金の支払がないこと、無断増改築禁止の特約があることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  まず、昭和五一年一月一七日における本件土地の更地価格について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない乙第五、第六号証、第九号証の一ないし三並びに弁論の全趣旨によれば、東京都収用委員会は、本件裁決をするに際して、法に基づく補償額算定の資料とするため、有楽土地株式会社、東洋信託銀行株式会社及び株式会社岡本不動産鑑定事務所に対し、本件土地と土地の状況をほぼ同じくする東京都新宿区西新宿六丁目八四番一宅地三五四・九〇平方メートルのうち一〇七・六二平方メートルの土地(借地権者加藤福一、うち収用対象地六七・八四平方メートル)の昭和五一年一月一八日における更地価格及び借地権割合について鑑定評価を依頼したこと、右依頼を受けた各会社は、いずれも不動産鑑定士が鑑定評価を担当し、右土地の更地価格について、取引事例比較法による比準価格を標準とし、これに収益価格を関連づけ、更に、地価公示価格及び東京都基準地価格を規準として算定した価格との関連性も考慮して、一平方メートル当たり九二万四〇〇〇円(有楽土地株式会社)、九〇万円(東洋信託銀行株式会社)及び八八万円(株式会社岡本不動産鑑定事務所)と鑑定評価したこと、右各鑑定評価の方法は、右土地の客観的な取引価格を評価、算定するうえにおいて相当なものであること、同収用委員会は、右各鑑定の結果、鑑定に採用された資料、現地調査の結果等を総合的に考慮して、本件土地の更地価格について一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円を相当と判断したこと、同収用委員会は、本件土地と同時に収用の裁決をした隣接地である同区西新宿六丁目八四番三宅地八四・六四平方メートル(同番一の土地から小林やす子外二名の賃借地のうちの収用対象地として昭和五二年六月二〇日分筆された土地)の昭和五一年一月一七日における更地価格についても本件土地と同様に一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円を相当と判断したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、東京都収用委員会は、右八四番一の土地のうち本件土地を含む収用対象地の昭和五一年一月一七日における更地価格について、右各鑑定の結果の平均値(ただし、十の位切捨て)を採用したものと認められ、右各鑑定評価の方法が相当なものであることは右認定のとおりであるから、同収用委員会がした本件土地の更地価格についての判断も相当なものと認められる(なお、右の三鑑定は、本件土地そのものではなく、加藤福一の借地部分の更地価格を評価したものであるが、前掲乙第九号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によると、右借地部分と本件土地とはもともと一筆の土地をなし、立地条件を同じくするもので、国鉄新宿駅からの距離に極くわずかの差があるにしても、地価に影響を及ぼすほどのものではないと認められるので、右各鑑定の結果の平均値をもつて本件土地の更地価格としたことに問題はないといえる。)。

これに対し、原告は、本件土地の更地価格について一平方メートル当たり一〇〇万円が相当であると主張する。そして、証人鐘ケ江晴夫の証言及び同証人作成の鑑定評価書である甲第一号証(以下伴せて「鐘ケ江鑑定」という。)によれば、原告から本件土地上の借地権の適正収用価格について鑑定評価の依頼を受けた鐘ケ江不動産鑑定事務所不動産鑑定士鐘ケ江晴夫は、本件土地の更地価格について、請求原因3の(一)の(3)記載のとおり鑑定評価している。

しかしながら、鐘ケ江鑑定は、東京都新宿区西新宿六丁目八五番四宅地三五・九四平方メートルの売買事例を根拠とし、かつ、その売買価格を三・三平方メートル当たり三七〇万円とするものであるところ、原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証並びに証人井口淳の証言によれば、右取引事例は、実際には昭和五二年二月二八日売買、売主株式会社フクモト土地建設、買主恵南商事株式会社、売買物件東京都新宿区西新宿六丁目八五番四宅地三五・九四平方メートル及び同所七八番三〇宅地三・二六平方メートルの合計三九・二〇平方メートル、売買価格三七五〇万円、三・三平方メートル当たり三一六万一八八〇円であつたことが認められ、前掲甲第一号証及び証人鐘ケ江晴夫の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。また、鐘ケ江鑑定は、右買主の説明から右取引事例地の価格が昭和五一年一月ころ三・三平方メートル当たり三三〇万円であつたとするものであるが、この点も、その根拠が薄弱であり、かつ、前掲乙第九号証の一ないし三、成立に争いのない乙第八号証の一ないし三によれば、右取引事例地付近の地価は昭和五一年一月ころから昭和五二年二月ころにかけて横ばいないし若干の上昇傾向にあつたにすぎなかつたことが認められる(なお、前掲甲第一号証には、特段の値上がりをしたものと推定される旨の記載部分がある。)ことから考え、措信できない。更に、鐘ケ江鑑定は、他の二取引事例からの比準価格も参考にしているが、右比準価格を算定する際に東京都基準地価格による時点修正をするほか、昭和五一年「相続税財産評価基準」路線価によつて地域条件格差の修正をしているにすぎず、その他の事情補正や個別的要因の比較等は全くしていない。また、鐘ケ江鑑定は、地価公示価格をも一応参考にしているものの、公示価格が市場価格の八割にすぎないと断定してしまつており、前掲乙第九号証の一ないし三によつて認められるところの東京都収用委員会が採用した各鑑定評価の方法と比較して、評価方法の正確性に疑問がある。以上に述べたとおり、原告がその主張の根拠とする鐘ケ江鑑定は、取引事例地の価格について誤つた数値を鑑定評価の基礎資料としており、また、その評価方法の正確性にも問題があるから、採用できない。

更に、原告は、前記取引事例の価格が一平方メートル当たり九五万八一四五円(三・三平方メートル当たり三一六万一八八〇円)であれば、右事例地より新宿駅に近い本件土地の価格は右価格より高く、一平方メートル当たり九八万四〇一四円ないし一〇〇万円であると主張する。

しかしながら、取引事例比較法により土地の価格を鑑定評価するには、その資料となる取引事例が豊富にあることが望ましく、かつ、収集された多数の取引事例を詳細に分析、検討して適正な比較補正を行うことにより対象地の客観的な取引価格を推定することが可能となるものである。この点、東京都収用委員会の採用した前記三社の鑑定評価は、複数の取引事例を求めこれに各種補正を加えて比準価格を算定しており、しかも、二社は、原告援用の右取引事例をも鑑定資料に加えて評価を行つているのである(このことは、乙第九号証の一ないし三から明らかである。)。したがつて、原告主張の一取引事例からの比準価格をもつて、同収用委員会の認定価格より信頼性が高く、これに取り替わるべきものと認めるのは相当でないから、原告の右主張も採用できない。

そして、他に本件土地の更地価格について一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円を上回ると認めるに足りる証拠はない。

以上の次第であるから、本件土地の更地価格は一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円とするのが相当である。

(三)  次に、昭和五一年一月一七日における本件土地の借地権割合について検討する。

前掲乙第八、第九号証の各一ないし三、証人平松宏子の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実認定及び判断が可能である。

(1) 本件土地付近である東京都新宿区西新宿六丁目地区内の本件路線用地買収において土地所有者及び借地権者との協議により成立した借地権買収事例は別表記載のとおりであり、各事例の特殊事情は次のとおりである。A、B、C及びHは、協議成立の二、三年前に契約更新され、その際更新料の授受があつたため、土地所有者から高めの借地権割合の申出があり、右申出どおりで協議が成立したものである。Dは、昭和三六、七年ころ借地契約され、借地権設定料ないし更新料の授受があるもので、近隣地域の標準的な借地権割合を八〇パーセントと判断して、これに従つて協議が成立したものである。Eは、借地権者が土地所有者の同族会社であり、付近の事例とは無関係に納税上の配慮から国税庁の評価割合どおりで協議が成立したもので特異事例である。F及びGは、大正一三年に借地契約され、戦後間もなく更新料が授受されて契約更新されたもので、借地権割合について土地所有者主張の七〇パーセント及び借地権者主張の八〇パーセントの平均値で協議が成立したものである。Iは、昭和六年借家契約され、戦災により借地契約に移行したが、更新料の授受のないもので、借地権割合について土地所有者主張の六〇パーセント及び借地権者主張の八〇パーセントの平均値で協議が成立したものである。Jは、借地権者が配分協議の直前に建物競落により借地権を取得したもので、発生直後の未成熟の権利として土地所有者の申出どおりで協議が成立したもので特異事例である。

したがつて、特異事例のE及びJを除外した八事例中、八〇パーセントの借地権割合は五事例あるが、うち四事例は同一土地所有者に係るもの(うち二事例は借地権者も同一)であり、直前の更新料の授受により高めの借地権割合が決められたこと、他の三事例(うち二事例は同一土地所有者に係るもの)は、いずれも当事者間の協議により七五ないし七〇パーセントの借地権割合が決められたことなどの事情を考慮すると、右借地権買収事例からは七五パーセントをもつて平均的な借地権割合であると判断される。

なお、B及びJは、残借地について借地権利者が底地割合三〇パーセントで、Iは同じく四〇パーセントでそれぞれ底地を買い取つている。

(2) 本件土地の相続税財産評価上の借地権割合は八〇パーセントとされており(このことは当事者間に争いがない。)、東京都公有財産規則によれば、一平方メートル当たり土地価格が八五万円以上一〇〇万円未満では借地権率が八〇パーセントとされている。

(3) 東京都内の商業地の慣行的な借地権割合は七〇ないし九〇パーセント、本件土地付近の商業地の慣行的な借地権割合は七五ないし八〇パーセントであるが、借地権割合は一定地域内においても一定不変のものではなく、借地権設定の場合の事情、借地権設定の対価の有無及び額、借地権の種類、借地契約の態様、残存契約年数、地上建物の残存耐用年数、更新料及び名義書換料等の一時金の有無及び額、土地所有者と借地権者との間の力関係等によつて差があるものである。

(4) 東京都収用委員会から本件土地とほぼ同一内容の借地権の存する前記八四番一の土地のうち加藤福一の賃借地の借地権割合について鑑定評価の依頼を受けた前記三社のうち、有楽土地株式会社は、借地権の収益価格等から借地権割合を算定し、更に、近隣地域の慣行的な借地権割合を七〇パーセントとしたうえ個別的要因を考量して、最終的に六八パーセントと鑑定評価したが、他の二社は、いずれも七五パーセントと鑑定評価した。

また、被告から本件土地とほぼ同一内容の借地権の存する隣接地である右八四番一の土地のうち小林やす子外二名の賃借地(一三二・三六平方メートル)の借地権価格について鑑定評価の依頼を受けた三不動産鑑定業者は、いずれも不動産鑑定士が鑑定評価を担当し、対象地の借地権割合について七五パーセントと鑑定評価した(ただし、うち一業者は、最終的には取引事例比較法(別表記載のIを採用した。)による借地権の比準価格を考慮して、借地権割合が約七三パーセントと算定される鑑定評価額を決定した。)。

以上のとおり認められ、鐘ケ江鑑定中右認定に反する部分は後記理由により採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上に認定したとおり、本件土地付近の借地権買収事例から得られた平均的な借地権割合は七五パーセントであること、本件土地付近の商業地の慣行的な借地権割合は七五ないし八〇パーセントであること、東京都収用委員会及び被告から鑑定評価の依頼を受けた六不動産鑑定業者のうち五業者が本件土地とほぼ同一内容の借地権の存する土地の借地権割合について七五パーセントと鑑定評価していること(残る一業者は、六八パーセントとしており、採用できない。)、他方、前記(一)のとおり、本件土地上の借地権については、普通建物所有目的に制限され、無断増改築禁止の特約が存すること、過去において権利金及び更新料の支払がないことなどの借地権価格に影響を与え、慣行的な借地権割合の低減要因となる個別的要因が存することを総合考慮すると、本件土地の借地権割合としては七五パーセントが相当であると認められる。

これに対し、原告は、本件土地の借地権割合について八〇パーセントが相当であると主張する。そして、鐘ケ江鑑定は、本件土地の借地権割合について、請求原因3の(一)の(5)記載のとおり鑑定評価をしている。

しかしながら、鐘ケ江鑑定は、一定の地域には一定の借地権割合が存することを前提とし、借地権の一取引事例を主たる根拠として本件土地付近の借地権割合を八〇パーセントとするものであるところ、一定の地域に通常存在する慣行的な借地権割合は、あくまでも標準的、平均的なものにすぎず、借地権は、土地所有者と借地権者との間の個別的な借地契約によつて設定されるもので、契約内容、契約締結の経緯等により相当に個別性の強いものであるから、たとえ同一地域に存する借地権であつても、当該借地権に係る借地権割合は当然に個々の契約の内容等によつて異なりうるものである。そして、借地権取引事例から鑑定対象地の借地権割合を適正に評価するためには、できるだけ多数の取引事例を収集し、かつ、取引事例地と対象地の借地権に関する個別的要因等の比較検討をすることが必要であり、これをしないで一取引事例の借地権割合から直ちに対象地の借地権割合を導き出すことは相当でなく、また借地権買収事例からは七五パーセントをもつて本件土地付近の平均的な借地権割合であると判断されること前記のとおりである。更に、相続税財産評価上の借地権割合は、相続税の適正な課税のために課税実務上の便法として定められたものであり、当然のことながら個々の借地権の個別的要因等は考慮されておらず、本件のような借地権価格の鑑定評価においては、一参考資料となりうるものではあるが、直ちに対象地の借地権価格を算出するための借地権割合として採用することは相当でない。したがつて、原告がその主張の根拠とする鐘ケ江鑑定は、採用できない。

(四)  以上のとおり、本件土地の昭和五一年一月一七日における更地価格は一平方メートル当たり九〇万一三〇〇円借地権割合は七五パーセントが相当であるから、原告の借地権消滅に対する補償額として、これらを基に、昭和五二年一一月二一日までの修正率一・一二二八を適用して算出された本件裁決額は相当なものであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  残借地権補償について

(一)  請求原因3の(二)の(1)の事実、被告が裁決申請に際し残借地権補償を見積らなかつたこと及び被告の主張2の(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  東京都収用委員会が本件残地上の借地権につき利用価値の減少が認められ、その価値減は五パーセントであるとして原告に対して残借地権補償をしたのに対し、被告は、原告に対して残借地権補償を要しないと主張するので、まず、この点について検討する。

(1) 被告は、商業地域にあつては残地の面積が三三平方メートル未満となるかどうかを残地補償の要否の一応の目安としているところ、本件においては本件残地とその後背部に位置する原告所有地を一体とみて残借地権補償の要否を判断すべきであり、そうすれば、残地の面積が三三・八七平方メートルとなり過小とはいえず、したがつて残地補償を要しないと主張する。

成立に争いのない乙第三、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、商業地域にあつては残地の面積が三三平方メートル未満となるかどうかを残地補償の要否の一応の目安としていたことが認められ、また、成立に争いのない乙第一三号証、前掲乙第九号証の三及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五〇年二月二八日、本件残地の後背部に位置し公道に接していない東京都新宿区西新宿六丁目七八番三三宅地三・三八平方メートルを東京都新宿区から払下げを受けて所有していることが認められ(原告が本件残地の後背部に位置する土地を所有していることは、当事者間に争いがない。)、右各認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、残借地権補償は、同一の土地所有者に属する一団の土地に設定された借地権について、収用対象地上の借地権部分が収用されたために収用されなかつた残地上の借地権部分に価格の低下、利用価値の減少(それが交換価値に反映して価格の低下として表現される。)が生ずる場合に、右価格の低下分を補償するものである(法七四条一項)から、他の者の所有に属し原告が借地権を有する本件残地と右原告の所有地を併せて、残借地権補償の要否を判断することは、法七四条一項の規定に反するものであり、許されない。したがつて、本件残地のみにより残借地権補償の要否を検討すべきところ、その面積は三〇・四九平方メートルであり、被告の運用基準からしても、本件は一応残借地権補償を考慮すべき事案であるということとなる。

更に、被告は、近隣地域の小画地の取引実態から考察するに画地規模(地積)の大小によつて土地の取引価格の低下はうかがえない地域であることなどを考慮すると、本件残地上の借地権の価格の低下、利用価値の減少は生じていないと主張する。

本件残地が整形であることは、当事者間に争いがない。そして、前掲乙第八、第九号証の各一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、本件残地を従前の利用状況のとおり非堅固建物の敷地に使用することは可能であること、本件残地付近は中小規模の画地が混在する中高層商業地域であり(ただし、昭和五一年一月一八日の時点では、建物の中高層化もかなり進んでいるが、これらに木造低層老朽店舗が混在している状況である。)右画地条件が建物の規模を中小に制約していること、東京都収用委員会及び被告から依頼を受けた各不動産鑑定業者の鑑定評価の過程においては、採用された取引事例地について地積過小による画地条件補正がなされた事例は存しないが、右事例地はいずれも地積が三九平方メートルを超えていることが認められ(本件残地付近が中高層商業地域であることは、当事者間に争いがない。)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件残地付近は商業地域であるため比較的小画地であつても必ずしも土地の取引価格の低下要因にはならないことはうかがえるが、画地規模(地積)が過小になることによつて土地の取引価格の低下がうかがえない地域であるとは到底いえず、したがつて、本件残地上の借地権について、その価格の低下、利用価値の減少が生じていないと断定することはできない。

(2) 被告の主張3の(二)の(1)の事実は当事者間に争いがないところ、被告は、右事実を前提として、原告が本件残地を東京都収用委員会が認定した相当な価格で買い受けているから、本件残地に価格の低下、利用価値の減少は生じていないと主張する。

前掲甲第七、第八号証の各三、成立に争いのない甲第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件土地上の原告所有の建物を収用で取り壊されたため、本件残地上の残余部分の建物を取り壊して鉄骨造りの建物を新築しようとしたところ、土地所有者から昭和五四年五月二一日付け及び同年六月五日付け各内容証明郵便により非堅固建物使用目的及び無断増改築禁止の特約に違反するとして賃貸借契約解除の通知を受けたこと、原告と土地所有者の代理人である弁護士との間で協議した結果、原告は、本件残地の利用を継続するために本件残地を買い取ることとし、売買代金額については右代理人が提示した本件裁決の認定に従つて算定された価格とされたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、残借地権補償の要否、すなわち本件残地上の借地権に収用により価格の低下が生ずるか否かは、価格固定の時点である昭和五一年一月一七日において客観的な取引価格に基づいて判定すべきものであるから、原告が右時点以降に右認定の事情のもとで買い取つた本件残地の代金額に基づいて右価格固定の時点における本件残地ないし同地上の借地権の価格を判定することは相当でない。

したがつて、被告の右主張は失当である。

(三)  本件は、前記のとおり被告の運用基準からも一応残借地権補償を考慮すべき事案であり、残地の面積が三〇・四九平方メートルで、当該土地の利用上にある程度の制約を受けざるをえないものと認められるから、残借地権補償を要すると判断されるが、他方、本件残地は整形であり、これに従来の利用方法どおりに非堅固建物を建てることは可能であること、付近は商業地域であること、被告が残地補償をすべき一応の目安としている地積(三三平方メートル)にはわずかに二・五一平方メートル不足しているにすぎないこと、本件路線の築造による地域開発により本件残地の利用価値にプラスの効果も発生することなどの事情を総合考慮すれば、本件残地上の借地権の利用価値の減少による価格の低下の割合を五パーセントであると判断して原告に対する残借地権補償を認容した本件裁決は相当なものと認められる。

(四)  これに対し、原告は、まず、本件残地上に建築できる建物は五階建が限度となり、容積率から考えて土地の効用は七分の五に減少するから、右土地の効用の減少による減価額が補償されるべきであると主張する。

しかしながら、残借地権補償は、本件残地上の原告の借地権について、本件土地上の原告の借地権の収用によりその価格の低下が認められる場合に、右価格の低下分を補償するものであるから、右価格の低下の有無は、本件残地上の原告の借地権を前提として検討されなければならないものであるところ、右原告の借地権は土地所有者との契約により普通建物所有目的に制限されており、土地の最有効使用ができない状態になつていて、残地面積の大小にかかわらず五階建ないし七階建の建物は建築することができないものである。したがつて、原告の主張する計算方法により残借地権補償額を算出することは、相当でない。

更に、原告は、五階建建物を建築するための堅固建物所有目的への借地条件変更料が補償されるべきであると主張する。

しかしながら、右借地条件変更料は、土地所有者との契約により堅固建物の建築を制限されている原告が、堅固建物の建築という新たな利益を獲得するため土地所有者に支払う財産上の給付であるから、たとえ原告が右給付をするとしても、これをもつて収用により右借地権に生ずる損失(価格の低下)ということはできず、したがつて、残借地権補償の問題にはならないものである。よつて、原告の右主張は失当である。

右に述べたとおり、残借地権補償についての原告の主張は、いずれも失当であり、原告の主張と同旨の鐘ケ江鑑定は、採用できない。

その他、本件残地に係る残借地権補償額が本件裁決の額を上回るべきことを認むべき証拠はない。

3  以上の次第であるから、本件裁決に係る原告に対する損失補償額は相当なものであり、原告に対して補償されるべき損失補償額についての原告の主張は、いずれも理由がない。

三  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉徳治 大藤敏 杉山正己)

別紙、別表<省略>

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